June 20, 2010
〜 中川トモコ ヨーロッパ遠征記 〜

今月は私、中川のレポート
最近の出来事で私にとっていろいろと感慨深かった海外出張撮影について。今回はその際のお仕事そのものというよりも、その土地で真っ直ぐに感じた事を綴ります。あれから1ヶ月ほど経ち、この時の記憶や感情を上手く整理出来ないまま、それらが圧倒的な日常に中和され埋もれていく中で、私の中に確かに残るコアな何か。今回文章を綴りながら自身に向けても整理する機会とさせて頂ければいいなと思います。
雨が降ればヴェネツィアを想い
太陽がカンカンに照りつける青空の日はローマを想う
人の中に「自然の営み」を見つけたときはブレッド湖での事を思い出して、私はきっとニンマリする
今回参加させていただいた部分も含め訪れた場所は、結婚式の行われた「ブレッド湖(スロベニア)」「ヴェネツィア(イタリア)」「ローマ(イタリア)」の、主に三カ所。
ローマ史についての本を少し読んでいた矢先の事だったのでこの依頼には感激。あの壮大な人間達の歴史の舞台にこの足が立つことになろうとは!行くこと自体に対してははじめはそれだけだったし、それ以上もなかった。またまた多忙につき、心に何の準備も無いままあっという間に当日に。
<スロベニア:ブレッド湖>
私が山に登るのが好きな理由の一つは、「それがある」って事を自分の体全体で感じたいから。てっぺんに登れば、続く山々の隆起を見ながら"私の生きてる日本の大地"を肉眼で確認し、疲れた体はさらに豊富な情報でもってそれを理解させてくれる。
そしてもう一つの魅力はそこで起きる責任は全て自分にあるというところ。こう書くとなんだか恐いので言い換えると、決して媚びない不便なルート・環境・天気。つまりその下では全てが公平ということ。
スロベニアの山の中にあるブレッド湖は前述の"私好み"でなんとも心地良い所だった。長い道のりを得て感じる今この場所に、10分おきに来る激しいスコールと不意に静まりかえる湖の水面を楽しむ。ここで出会った数少ない現地の人々は自然の一部として生活をしていて、生き方に無理がないように感じる。
一見の私がどのようにも断定することは出来ないけれど、豊かで穏やかでちょっと贅沢すぎる場所に感じた。
ただ一つ心配だったのは、特に天気が不安定な今日がお二人の結婚式だということ。そんなお二人は終始笑顔。お二人は紛れもなく自然の中に身を置いて、皆で空模様に一喜一憂することを楽しみ、汚れたドレスを見ては笑って、ラストは青空を背負ってめでたくご夫婦になった。
ブレッド湖で一番嬉しくて心に残ったのはお二人がそのような結婚式を挙げた事。私は勝手ながらこの日は最高の結婚式日和だと思い、そういう生き方をするお二人と、そうさせてくれるこの場所が素敵だと思った。
<イタリア:ヴェネツィア>
ここでの記憶はしとしと振る雨。暗い。灰色。干したままの洗濯物。雨に光る石畳。ワーグナー。後は…伝わらなさすぎる英語と目を離せない社長(社長は私がふいに消えるというイメージをもっている(ような気がする)為、ご面倒かけないようになるべく視界の隅に入るよう意識を。何せこの人混みと通信手段も使えないので。まぁ実際に写真を撮っていると大概にして人は消えるものです。)
と言うことで人は多かった。メジャーな通りは。そこでひとつ小道をわきに入り、わざと道に迷ってみる。そこでは驚くほど静まりかえった町が現実となって、そのあまりの正当さに先ほどまでの喧噪が作り物だったかのように感じてくる。情報がシンプルになるといろいろなものが見えてきて、そこにいる自分というのもはっきり見えてくる。
ヴェネツィアにいる事、ヴェネツィアで見る物に違和感がなく、情景がすんなりと私の中に入って来るのはなんでだろう。全く違う文化の中で不思議な懐かしさを感じるのはおそらく誰もが持っているだろう、不変という奥深い味や深みや、それらがずっとあり続けると信じることができる揺るがないイメージ。安心感。
ヴェネツィアでよく見かけるヴェネチアンマスク、ヴェネチアガラスや本革アルバムのお店を眺めながら不変であり長く愛されるもの、大切にされるものを前提として丁寧な物作りをする職人達にブライダルフォトグラファーを重ねて、彼らが作り出す物に手焼き写真や写真そのものを重ねて、時間と共に所有者と一緒に深みを増していくような物を作り出す仕事をずっとしていきたいと思った。
ここではそういった物を大切にしているこの土地の人にある種の勇気をもらう。
<イタリア:ローマ>
イタリアという国は興味深い。歴史の延長で街として機能するヴェネチアとはがらりと変わって、ここでは住まいに混じってひしめき合う大量の遺跡にただただ圧倒。時代を超えて隣り合う個々の遺跡。だって、白黒の文字の連なり(文庫で読んでいましたので)が立体になって目の前にあるんだもの!
ローマの建国者ロムルスのローマ。ローマについてまだ序盤を生きる私にはこここそがローマの全て。なかでもテヴェレ川やいくつかの丘にあがるのは嬉しかった。当時そこで起きた事を当時の人目線で眺めて、触って、想像する。恐ろしくなったり愉快になったり、足下にはいくつもの亡骸があり、今を形成している。
個人的な好みはこれくらいにして、ローマでは今回の欧州入りから続いていた雨が止んでこれでもかの晴天。遠くの空にはまだ重い雨雲が鎮座していて、暗い空に浮かび上がったオレンジ色の遮光を浴びる遺跡の陰影と輝きは忘れられない。もしヴェネチアのように雨だったらもう少し感慨深くもなったかもしれない。有無をも言わせない圧倒ぶりに、それらを通じて遠い昔を想うので(&仕事の為ホットスポットを探すのに)精一杯だった。そんなローマだったが、
<ヴァチカン:ヴァチカン市国>
ヴァチカン美術館では一変、違う圧倒感に押しつぶされて混乱する。数々の彫刻、壁画、美術品。バチカン美術館については驚きすぎてこれ以上は何も書けないけれど、その生々しさにノミを振り下ろすミケランジェロの背中を見、パレットを握りながらしかめっ面で制作をするラファエロの横顔を見て、ずっと残っていくものって何だろうと思った。綺麗なものは世の中に沢山あるけれど、このように残る力があるものとそうでない物を最後に分けるのは何か。歴史的価値の部分を少し脇において、これらをひとつの作品として見たときにひしひしと伝わって来るのはハリボテの美しさは時間の流れには敵わないだろうなということ。分からないなりに思う。
総じて、今回の渡航で各土地で私がそのように感じることができた事は、自分の仕事に対する使命感とその方向性について背中を押してくれるものであり、そういった事を机上ではなく実際に体験する機会を与えていただいたK様お二人に大変感謝致します。新たに気を引き締め、今回感じた決して描くだけに終わらない理想に一歩ずつ近づいていけるようにこれからも尽力致します。
今回の写真
今回撮影させて頂いた、お写真の一部をこちらからご覧頂けます。是非どうぞ!!
中川トモコについて
笹倉評
2004年の夏、ひょんな事から家の仕事を手伝ってもらうことに。当時、彼女は写真学生。ブライダルのマナーや常識の知識は皆無に等しかったが、撮影センス、技術、人への思いやりは初めての撮影から、頭一つ突出。
以後、常にイースターエッグの先頭を走り続けている。相当な天然が時に私に爆弾を落とさせることも。
2009年9月、取締役に主任。
過去記事


















